2016年06月11日

異次元の私(小説6)

17:36

気持ちがはやる。私がわかるように書きたいから説明も入れたい。急がないともう何分残っているかわからない。

ふと、何をやっていたんだっけ? ぼーっとなっていて、我にかえって、パソコンにはりつけてあった2枚のポストイットを見つけた。
「17:26 1.記憶がとびます。時間をこまめにメモすること。できればグドキュ」
「2.グドキュに状況を記録しているので読めばわかる。ただし、最新の記録だけ読むこと。(途中で記憶がまた飛ぶとループしちゃうから)」
それでグドキュは開きっ放しだったので、最後読んで、そして携帯でメッセンジャーを見た。
どのくらい見てたかわからない。記憶が飛ぶ前に記さなきゃと、それで今、またPC
 
私は、メッセンジャーのやりとりを見て、そして、前の私と同じように、たぶん同じように「吐く」と思った。なぜって、誰かとやりとりしている私は不自由だから。あまりに不自由だから。あまりにつかんでいるから。
縛られている。これが、私なのか。そして、私はそのやりとりが異常だとは思っていなかったのか。であれば、記憶が回復した私に伝えたいのはただひとつだ。
「いま、ここにいなさい。手放しなさい」
だって、あまりに過去や未来に縛られている。

吐きそうだ。気分が悪い。。。




posted by りえ奈 at 23:09| パリ ☁| フィクション:記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月02日

異次元の私(小説5)

ふと、どうしてここいるかがわからなくなった。考えてみると、今日がいつかもわからない。
パソコンのモニターで確認して、2016年6月2日木曜日だとわかる。
 
もしかしたら、これはすでに繰り返されたことかもしれない。
デスクトップにあった、「記憶がとんだら」というファイルを開いて、私の記憶が時々とんでしまうことがわかった。つまり、私は今、記憶発作中であり「異次元トリップ中」でもあるらしい。発作、いや、異次元トリップ中、私はそれほど長くものごとを覚えておくことができないらしい。
数分後にまたリセットされるかもしれないし、メモをしておくようにと書いてあるので、ファイルの続きに今の思考を書き留めている。
で、なぜ、オフィスにいるんだろう。クライアントと会う約束をしていたら大変。スケジュール帳を見た。

名前があってヒヤリとした。でも、すでに時間はとっくに過ぎていた。私はちゃんと会ったのだろうか。仕事をしただろうか。会ってなければ、メールか電話か何かあるかな。解決。気にしないことにした。
 
それにしても、書き続けていたら、記憶は維持されるだろうか。このまま、今思うことを書き続けていこう。
私、仕事を終えて帰るところだったんだろうか。何か、パソコン開いてるし、するつもりだったんだろうか。
でも、それを知ったところで何になる。今の私は、それを覚えていないし、やろうともやりたいとも思っていないわけだもんね。「それ」が何かもわからないわけで。
ソファをみると、見覚えのないクッションが4つ増えている。どうしてあるんだろう? そんなこと考えても無駄か。あるものはある。以上。
フェイスブックを開いてみようと思う。


14:48
フェイスブックを見ていた。ふと、自分がどうしてここにいるのか、考えてみたら何日なのかもわからないなと思い、PCモニターで確認して、2016年6月2日木曜日だとわかった。ブラウザの下にドキュメントが開いてあったので、見て、「さっきまで」自分がどうしていたのかということ、と、記憶の問題 があることがわかった。

さあ、メモだ。「さっきの発作」はいつからスタートしたんだろう。時間のメモを忘れているじゃないか。
なぜ、フェイスブックを見ていたんだろう?
見ようと思う、だけじゃわからない。何をしたかったかを書いてくれなければ、記憶がとんだ私は続きを受け継ぐことができないよ。
じゃあ、まあ、今、したいことをすればいいか。
ん?
まてよ。何をしたかったかを書いてくれなければ、私は続きを受け継ぐことができないよ、か。これって何か重要な気がする。残すべきは、意図や意志なのかな。
テレポーテーション実用化の件で、議論があったのを覚えている。
FAXみたいに人をどこかへ送ることができたら、送信源と受信地の両方に、「そのひと肉体とこころ」が存在して、人間が増えてしまう。どちらかを消さないといけない。「では、どっちを?」という議論だ。前に何かでその記事を見た覚えがある。
不思議だ。そういうことは覚えている。そして、消されるのは送信源、残されるのは転送した先のひと、という結論になっていたはず。それは「意志」が鍵だった。「あちらに自分を転送する(テレポーテーションする)」という意志が本人にあった。だから、転送された「私」と、転送されていない「私」では、意志通りの方がオリジナルとみなされる、ということだった。
あ、ひとつ心配なのは、このメモ達がもしも、すっごい数になったら、読んでるうちにまた記憶リセットが起きるのではないかとい


あれ、何を書いているんだっけ?
続きが出てこないなと思い、遡って読み返していて何が起きているかわかった。
そして問題発見。
あ、その前に時間だ。14:55
この文章が長くなれば、私は、読んでる最中にまた記憶が飛ぶんじゃないか?
もう、寝る。寝ることにする。ソファで寝る。目覚ましを、15:30にかける。願わくば、その時に記憶がもとの自分になっていますように。

 
17:21
体がだるい。余計なことのメモはやめた。
ここで誰かを待っているのか、何をしてたのか、わからなかったけれど、寝てたってことか。これを読んでわかった。
1ページ目の、状況(病気?異次元トリップ?!)説明に、「メモは、一番最後のページの直前のやつだけ読むように。読んでるうちにまた記憶が飛んでしまうから」と足しておいた。寝る前の私が「問題発見」と言っていたのはこのことだと思うから。過去の私が心配していただろうこと、なのにすぐ忘れてそれを書く前に寝てしまっただろうこと、この時空の私が受け継いだということか。
意志。
私も、そのことにとても興味がある。
記憶がとんでも、思考の方向というか偏りというか、そういうのは同じなのか。。。
 
フェイスブックを見よう。
それも、過去の私の意志だったはず。
見ながら、メモをする。


人の名前と顔は一致している。
知らない人もいる。
タイムラインを見ていてもらちがあかない。
ので、メッセンジャーをひらく。


吐く。なんだこれは。吐く。
私は、一体、何をやっていたんだ?!




posted by りえ奈 at 14:57| パリ 🌁| フィクション:記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月27日

与える、受け取る、完全、不完全

最近書いているフィクション(小説)じゃなくて、今日はふだん考えていることを書きます。

「与えたい。やってあげたい。それしかない」という男性に思わずぽろっと「ひどいね〜」と言ったら、驚いてらっしゃった。

失敗〜〜。まぁ、そうでしょうね。世の中でよしとされているのは、まさに「与えること」。
「受け取ること」よりも素晴らしいと思っている方が多いように感じます。
でも、「与える」は「受け取る」があって成立しますから。与えても受け取ってもらえなければ、それは「与えようとしただけ」。受け取ってくれる人がいて初めて「与える」という素敵なこともできる。

ただ、与えることの方がもらうよりも心地いいというか、気持ちいいというか、楽しいというか、それはすごく思うのです。
だから、受け取りベタであるのも、与えたがるばっかりと同じで、ひどいなぁと思うんです。
だって、「与える」という幸せな行為を相手にさせてあげないんですからね。
受け取ってあげることも、与えるのと同じで、大切。

その意味でね、「与えたい。やってあげたい。それしかない」という彼の発言を聞いて、最もおいしいところだけを自分がとるわけね、と思って「ひどいね」と言ったわけです。
彼に悪気はないんですが。

そしてその後は「与えることも受け取ることも同じだし」という話で盛り上がりました。

差し出されたものを受け取るだけじゃなく、ちょうだい、ってするのも大切だと思うの。

この前、トラブルがあってしんどいなって思ったんです。でね、男友達にメッセージ打ってたら、打ってるうちに自己解決しちゃって。「あ、でも、それってこういうことか!」って文章を締めくくって送ったんです。そしたら、相手から「自分で解決しちゃってるじゃん・・・」って返信が。
別の時も、メッセージ書いてる途中で答えが出てきて「あ、でも、結局こうか」と入れたら「出番なしか・・・」って返信。
そのふたりの反応を見て、なんでも自分で解決できちゃうのも、いいとは限らないんだなって思ったんです。

完璧になんてなったら、もっと最悪でしょう。
だから「僕は(私は)、完璧を目指してます」って言う方にも「ひどいね〜」って言ってます、私。

誰かの役に立ちたいなら、自分も不完全でいないとね。ま、無理しなくても人間はみんな不完全ですけどね。
それゆえに、完璧を目指したがるんでしょうが、それが最悪だという思考の階層も存在する。

posted by りえ奈 at 01:48| パリ ☁| 学ぶココロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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